~こだわりのおやじ「津弥や(つやや)」を語る。~

内田:前から思ってるんだけど、金重さんが創るてるモノって全部形に残るじゃん。壊れるものだけど。 自分は同じ創るモノでもジャンルが違って、構想をまとめて企画して、制作して本番かけたら終わりみたいな演出プロデュースが一番の得意分野だから。 本番が終わったら消えてなくなるのよ。

金重:それが最高のアートであり、デザインであり、モノ創りはそこですよ。 瞬間になくなるっていうのは、その評価を瞬間に判断しなくちゃならないんだよ。

内田:TVにしてもラジオにしても、芝居にしても映画にしてもそうなんだけど、オンエアしたら終わりなわけですよ。 本番迎えたら。そこには99%もっとこうすればよかった、ああすればよかったしか残らない部分があるんだけど、とりあえず終わるわけだ。
神谷さんとか金重さんとか作品として残るっていうのは、こうすればよかったなっていうのがズーッと後を引くわけだよね。 この怖さって言うか、辛さっていうか、切迫感みたいなのは、ものすごく感じたな。後に残るものを手がけた時にいつも思う。 今回も自分はやっぱり残らないっていうのが得意なんだと再認識したのね。
ところが、残るっていうのは、逆に言うと残ったもののいとおしさがズーッっと続くっていうかさ。良さがあるわけだよね。

金重:僕なんかずっと恥をさらしてるね。 昔言われたのが、「デザイナーになるなら建築家になれ。建築家になるなら政治家になれ」っていう豊口克平さんのセリフ。 60年近くずっと恥をさらし続けている。恥をさらし続ければ重要文化財なんかになってね。何千年も残るんだろうけど。

神谷:個展って、過去に2回ぐらいしか行ったことないですけど、個展っていうのは恥をさらすんですよね。 恥をさらすんですけど、個展をすると、自分のものじゃないって気になれるんですよね。世の中にさらしたものですから。自分の作品から卒業するために個展をするっていうか。 個展をやらずに、いつまでもメソメソ持ってると自分のものなんですよ。手直しすればいくらだって直せる世界だし、気に入らなければ世の中に出さないっていう方法もある。

金重:趣味として陶芸をしていたころは、一番気に入ったものは自分の手元に残していたけど、今は個展に出すでしょ。 それが売れると一番うれしいよね。自分の手元に置いときたいなんて思わない。自分の評価に賛同する人がいて、それなりの評価をしたからお金を払って買ってくれる。 これが一番うれしい。

内田:神谷さんと金重さんの違いはさ、神谷さんの創る作品っていうのは、発注側の欲求を満たすことが一つの前提。 金重さんも仕事なんだけど、買ってくれる人の思いなんか関係なく創るわけだから。

金重:デザインはやりたくないんだよね。こういうものって設計されたりするのはだめなの。 だから自分の気まぐれで創ってるって言われれば、その通り。神谷さんは、顧客のニーズにこたえて作るんだけど、そういう風に見せかけて自分のエゴを全部出してるよね(笑)

内田:金重さんなんかはまた違って、設計でもなんでもなくて、自分の思ったものを手でひねって創るじゃない。 窯入れたらあとは火まかせだからね。温度コントロールなんか自分でやるけど、手でひねって調節するわけじゃなくて薪くべて、焼きあがったらああ割れちゃった! とかひびいったとかあるわけじゃない。思い通りにならない。そこは違うかもしれないけど、もっとこうすればよかったってところでは一緒かもしれない。

金重:コントロールするのは人間の手じゃ負えないよね。ガスでコントロールしたって100円ショップのものしかできないよね。 ほんとに、モノを創るっていうのは、恥をしのばないと創れないよね。商売上ではいろいろ理屈つけるけど。焼きものが出来たら、それを売りにいかなきゃ行けないから。 だけどなかなか買ってもらえないからね。買ってちょうだいとも言わないし。

内田:だいたい売り方が違うじゃない。 個展みたいなところでさ、それぞれの作品が並んでさ。バナナのたたき売りしてるわけじゃないんだから。

磯部:これなんかすごいよね。(テーブルにあった金重さんの徳利を手に取り)この造形美。 これ一合徳利だと思ったんですよ。お酒を入れてみると二合よりもう少し入るんですよ。見た目は普通の安い二合徳利と比べたらものすごい小さいけど、すごく入る。

内田:だから、商売には向かないんだよね。商売はでかく見えて実際は酒が入らない方がいい。

金重:商売はね、お酒を入れた時、注ぎ口に酒の表面が見えなきゃいけない。 そうすると徳利に一杯入ってるって感じになる。二合と言ったら、口まで入ってれば二合。口まで入ってなかったら二合入ってないってことになる。 だから料理屋さんは作品を手にとって、口まで入って二合ですかって聞く。そんなもの知るかいな、創り手のわしらが・・・(笑)